浜男入団のきっかけと男声合唱を続ける理由

 私が浜男に入団したきっかけは、出身大学の卒業生で遠州地区在住のメンバーが集まる「遠州会」での出会いでした。確か20076月頃だったと記憶しています。その席で、学生時代に所属していた男声合唱団の大先輩と再会しました。 

先輩から「浜男で歌っているよ」と聞き、見学に誘われました。実は、そのときまで浜男の存在を知りませんでした。 

ちょうどその頃、大学のOBが設立した男声合唱団の2008年記念演奏会(団創立55周年記念)に、「演奏会限り」という条件付きで参加することも決まっていました。演奏会が終われば退団し、その後は浜男に入団する――そんな計画を立てていたのです。 

ところが、人生は予定どおりには進みません。 

記念演奏会前日のリハーサルが終わった後、大先輩から「食事でもどうだ」と誘われました。食事と言っても、もちろん飲み物付きです。今思えば、あれは壮大な勧誘作戦だったのかもしれません。 


席に着くなり先輩は切り出しました。
「演奏会が終わったら退団するんだって?」

事情を知った上での質問だとは感じていました。 

すると、 

「月に2回なら来られるだろう」
「いや、月1回でもいい」 
2か月に1回でもいいじゃないか」 

と、まるで値引き交渉のように条件が緩くなっていきます。 

戸惑いながらも、その言葉がうれしかった私は、気が付くと 
「退団はやめます。これからも練習に来ますので、よろしくお願いします」 
と言っていました。 

予定どおり浜男にも入団したため、結果として現在まで二つの男声合唱団で歌うことになりました。 

大学時代には100人を超えていた団員も、その後は減少の一途をたどりました。2004年の団創立50周年記念演奏会では、現役学生はわずか5人。それでも演奏会に参加してくれた学生たちに、打ち上げで「これからも続けないか」と何人かに声を掛けました。 

しかし、返事はありませんでした。 

自分たちの代で50年の歴史を終わらせてしまう。その重い思いを抱えていた彼らには、言葉が見つからなかったのだと思います。 

翌年、その合唱団は活動を終えました。 

いつ頃からかは定かではありませんが、学生のサークル離れも進み、名古屋地区でも男声合唱団や女声合唱団など単声合唱団は次々と姿を消しました。現在も元気に活動している団体の多くは混声合唱団です。 

一方で、早稲田大学グリークラブ、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団、関西学院グリークラブなど、全国には今も力強く活動を続けている団体があります。「さすが」の一言です。 

こうした経緯もあり、私は現在、浜松と名古屋で男声合唱を続けています。 

男声合唱にこだわる理由は二つあります。 

一つは、男声四部ならではの重厚なハーモニーです。もちろん、「ハモれば」の話ですが。 

もう一つは、社会人の男声合唱団が元気に活動を続けることで、その姿を見た学生たちが再び男声合唱に魅力を感じ、いつの日か「男声合唱の灯」が各地でともることを願っているからです。 

その日が来ることを信じて、これからも歌い続けたいと思います。

バリトン M.M