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夏の旅と母との別れ

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  私は時間に縛られない営業の仕事をしているため(練習をよく欠席してしまい申し訳ありません)、スケジュールは自分で調整できます。そこで 7 月末、妻と一緒に 2 泊 3 日で徳島県鳴門市へ旅行に出かけました。 鳴門の渦潮と米津玄師さんのLemon 自らハンドルを握り、明石海峡大橋を渡って現地へ。大塚国際美術館では米津玄師さんが NHK 紅白歌合戦で歌った会場を鑑賞し、その後は近くから観潮船に乗って鳴門の渦潮を見学しました。 2 日目は徳島市へ移動し、「阿波おどり会館」で念願の阿波踊りを初体験。すべてが新鮮で、心から楽しめる旅となりました。帰り道の京都付近ではゲリラ豪雨に見舞われ、浜松まで慎重に安全運転で戻るというハプニングもありましたが、存分にリフレッシュできた 3 日間でした。 ところが旅を終え、予定していた仕事に取り組もうとした翌日、母の容態が急変し、 84 歳で息を引き取りました。 旅行中の出来事を振り返ると、母が私たちに最後の旅行をプレゼントしてくれたのだと感じずにはいられません。長年パーキンソン病で闘病していた母ですが、ようやく病の苦しみから解放されたのだと思います。 「お疲れ様、そして本当にありがとう」 7 月最後の週に訪れた、忘れられない夏の出来事です。 (ベース K.Y)

浜男入団のきっかけと男声合唱を続ける理由

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  私が浜男に入団したきっかけは、出身大学の卒業生で遠州地区在住のメンバーが集まる「遠州会」での出会いでした。確か 2007 年 6 月頃だったと記憶しています。その席で、学生時代に所属していた男声合唱団の大先輩と再会しました。   先輩から「浜男で歌っているよ」と聞き、見学に誘われました。実は、そのときまで浜男の存在を知りませんでした。   ちょうどその頃、大学の OB が設立した男声合唱団の 2008 年記念演奏会(団創立 55 周年記念)に、「演奏会限り」という条件付きで参加することも決まっていました。演奏会が終われば退団し、その後は浜男に入団する ―― そんな計画を立てていたのです。   ところが、人生は予定どおりには進みません。   記念演奏会前日のリハーサルが終わった後、大先輩から「食事でもどうだ」と誘われました。食事と言っても、もちろん飲み物付きです。今思えば、あれは壮大な勧誘作戦だったのかもしれません。   席に着くなり先輩は切り出しました。 「演奏会が終わったら退団するんだって?」 事情を知った上での質問だとは感じていました。   すると、   「月に 2 回なら来られるだろう」 「いや、月 1 回でもいい」   「 2 か月に 1 回でもいいじゃないか」   と、まるで値引き交渉のように条件が緩くなっていきます。   戸惑いながらも、その言葉がうれしかった私は、気が付くと   「退団はやめます。これからも練習に来ますので、よろしくお願いします」   と言っていました。   予定どおり浜男にも入団したため、結果として現在まで二つの男声合唱団で歌うことになりました。   大学時代には 100 人を超えていた団員も、その後は減少の一途をたどりました。 2004 年の団創立 50 周年記念演奏会では、現役学生はわずか 5 人。それでも演奏会に参加してくれた学生たちに、打ち上げで「これからも続けないか」と何人かに声を掛けました。   しかし、返事はありませんでした。   自分たちの代で 50 年の歴史を終わらせてしまう。その重い思いを抱えていた彼らには、言葉が見つからなかったのだと思います。...

浜松は今日も40℃?

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 全国で40℃以上の酷暑となる地点が毎日ニュースになりますが、浜松もその一つ。全国の皆さんは、「浜松はそんなに暑いのか」と思われるでしょう。でも、ちょっと待ってください。 浜松市は全国でも2番目の広さを持つ市です。ニュースで最高気温が話題になるのは、船明(フナギラ)や佐久間、水窪(ミサクボ)といった北部の地域がほとんど。一昔前なら「○○郡」と呼ばれていた場所で、市街地からはずいぶん離れています。 それでも同じ浜松市ですから、間違いではないのですが、「浜松は連日40℃」という印象だけが独り歩きしてしまうのは、少し気になるところです。 もちろん中心部も十分暑いのですが、それでもニュースになる地域とは少し事情が違います。「浜松市」と一括りにされると、少し誤解を招いてしまうような気もします。 そんな今年の夏を見越して、我が家は十数年ぶりにエアコンを買い替えました。秋から省エネ基準の変更などで値上がりするという話も耳にし、「今のうちに」と思い切ったのです。 おかげで、この猛暑でも家の中では快適に過ごせています(電気代が・・)。昔なら「扇風機で十分」と言っていたかもしれませんが、最近の暑さはそんなことを言っていられません。 高齢になると暑さを感じにくくなり、部屋の中でも熱中症になることがあるそうです。私たち浜松男声合唱団も平均年齢は決して若くありません。水分補給やエアコンを上手に使って、この夏を元気に乗り切りたいものです。 暑さはまだまだこれからが本番です。 来年2月には第10回演奏会が控えています。秋になれば練習もいよいよ本格化し、一段と熱が入ってくることでしょう。それに備え、まずはこの厳しい夏を元気に乗り越えることが何より大切です。涼しい風が吹く頃、さらに充実した練習ができることを楽しみにしています。 トップテナー K.M

🌿浜松移住3年目:街角ぶらりと“サマンサの魔法”

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 浜松に移住して、気づけばもう3年。最初は土地勘もなく、どこへ行くにも地図アプリが手放せなかったが、最近はふらりと歩くだけで小さな発見がある。そんな余裕がようやく生まれてきた。 今日の散歩は、家から少し離れた住宅街へ向かった。その途中、ふと目に留まったのが「サマンサ・マーサ」という名前のアパートだ。淡いクリーム色の外壁に、少しレトロなフォントで書かれたその名前。どこか外国の街角に迷い込んだような雰囲気がある。 “サマンサ”と聞けば、今の若い世代ならファッションブランドのサマンサタバサを思い浮かべるのだろう。だが昭和世代の私にとっては、やはり「奥さまは魔女」のサマンサだ。鼻をちょんと動かすだけで家事もトラブルも魔法で解決してしまう、あのチャーミングな魔女である。 アパートの前に立っていると、なんだかそのサマンサがひょっこり顔を出しそうな気がしてくる。建物の奥には、つたが絡まる古い洋館のような家があり、思わず“魔女の館”と呼びたくなるような空気をまとっていた。 浜松という街は、都会の便利さと地方のゆるやかさが同居している。その中に、こうしたちょっとした“物語の入口”のような場所が、意外とたくさん隠れている。移住して3年たっても、まだまだ知らない表情があるのだと思うと、散歩がますます楽しくなる。 今日の街角ぶらりは、サマンサの魔法に少しだけ触れたような、そんな気分にさせてくれた。 トップテナー S.F

二刀流か三刀流か

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    私の趣味は、高校時代は「混声合唱」と「卓球」、大学時代は「男声合唱」と「バスケットボール」でした。いわゆる「文化系」と「運動系」の二刀流です。 浜松城とさくら  社会人になってからは「詩吟」と「市民マラソン」「テニス」の三刀流でした。詩吟は勤務地が変わっても十数年続きました。市民マラソンは各地の大会( 5〜10キロ)に出場し、現地の美味しい物を味わいました。テニスは二つの団体に所属し、若い連中と合宿や週末のダブルヘッダーもこなしました。  退職してからは、二つの「男声合唱団」と「百名山」「百名城」制覇の三刀流です。男声合唱は退職後 25年になり、80歳までと思っていましたが、90歳を過ぎて活躍している合唱団の先輩を見て継続を決意しました。「百名山」は62座ですが、「二百・三百名山」38座や「百低山」もあるので、登れる山に登りながら継続中です。「百名城」は92城まで達し、何とか100城を達成できそうです。「続百名城」は18城になり、こちらはまだまだ楽しめそうです。  限りある人生、死ぬまでやれることを続けるつもりです。 トップテナー  I.F

わずかなすきから秋の風

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   これは日本が高度経済成長期に入りかけたとはいうものの、やっと庶民の家庭に白黒テレビが普及した頃の話である。秋が深まり、夕闇の訪れが日に日に早くなってくると、子どもたちはおのずと帰宅を早め、お茶の間のテレビのスイッチをひねる。そして六時半ごろだったろうか、きれいなコーラスが流れ始めた。「みんなの歌」の時間が来たのである。 ハゼの木  この番組は1961(昭和36)年に始まった、一日たった五分で二曲を聞かせてくれる子ども向けの歌番組で、今も連綿と続いている。その中に、私にとって忘れられない一曲がある。ボーカルグループ、ボニージャックスの「ちいさい秋みつけた」である。テレビ放映されたのは、たしか1962(昭和37)年の十月から十一月。聴覚・触覚・視覚に分散したサトウハチローの連構成や、「♫だれかさんが、だれかさんが、だれかさんが見つけた」と小刻みに盛り上がっていく中田喜直の付したメロディが見事だが、私の心に刺さって今も忘れられないのは「わずかなすきから秋の風」なる一節であった。「そうそう、秋の風ってこんな感じ」「ビュービュー吹いてる風じゃない」「風の川って感じかな」。初めて聴いて以来、私は放映のたびにこんな思いを乗せて「わずかなすきから秋の風」の一点に集中してこの歌を聴き、合わせて歌った。   当時の庶民の住宅はまことにお粗末なもので、アルミサッシが普及する前の木製の窓枠や窓の桟は隙間だらけ、悪くするとその隙間から窓の外の景色が見えたりもした。夏の暑い時期には隙間風もいくらかは心地よかっただろうが、晩秋から初冬へと向かう時期には、窓のそばにいると冷気が帯のように腕やすねを襲った。  詩人サトウにとって「秋の風」は初秋の心地よい風だったのかもしれぬ。「わずかなすきから」という設定には、発見の喜びがこもっているように思われる。しかし、私にとって「秋の風」は晩秋の切ない冷風だった。子どもの感性は作詞者や作曲者の期待どおりには働かない。長じてのち、サトウ、中田の人生や作品を調べ、この作品に対する理解は小学生の頃とは比べものにならないほど深まった。しかし、そんな理知的な鑑賞を寄せ付けないほどに、「わずかなすきから秋の風」なる一節は、六十年以上を経た今も心に刺さり続けているから妙なものである。 セカンドテナー K.N

音楽がもたらす「善きもの」

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5月、新緑の季節。私は初めて天竜壬生ホールを訪れ、「遠州ジョイントコンサート」を聴いてきました。出演した五つの音楽団体は、それぞれが素晴らしい歌唱力を発揮していました。中でも合同ステージは圧巻でした。総勢40余名が客席内やステージを移動しながら歌い、そのハーモニーがホール全体に漂い、縦横に行き交う――本当に見事な演奏でした。

昭和歌謡の復活に思いを寄せて

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 皆さんは家で音楽を聴くとき、どんなジャンルの曲を聴きますか。クラシック、ジャズ、最近の流行の曲まで、さまざまな選択をされると思います。そんな中、近年の特徴として昭和歌謡が取り上げられる機会が多くなりました。若者の間でもブームになっているようです。では、なぜ令和の時代に昭和歌謡が受け入れられるのでしょうか。 昭和歌謡といえば、'70年代〜'80年代が黄金時代といわれています。2025年は昭和100年に当たります。歌謡曲とは、流行歌、ポピュラー音楽の総称であり、大衆に支持される大衆歌のことと定義されるようです。 シティーポップの舞台 歌謡曲といってもジャンルがあり、歌謡曲、ロック、ポップス、フォークなどに分類されます。ロックやポップスの歌手はアーティスト、シンガー・ソングライターなどと呼ばれ、少しかっこいいイメージでしょうか。その中でも「シティーポップ」というジャンルがあり、浮遊感のある爽やかなサウンド、都会的な雰囲気の歌詞が特徴です。 代表的な歌手は大滝詠一、山下達郎、竹内まりや、「木綿のハンカチーフ」の太田裕美などでしょうか。これらの曲は今聴いても時代にマッチしており、違和感は全くありません。こうしたメロディーや歌詞が、今の若者にも受け入れられているのではないかと考えます。 また、美しいメロディーや歌詞の魅力とともに、歌を聴くだけで当時の時代や景色が浮かぶのではないでしょうか。男声合唱団でも昭和歌謡が歌われていますが、改めて曲のすばらしさを実感することがあります。皆さんの音楽鑑賞の中に昭和歌謡をセレクトしていただき、もう一度じっくりと味わってみてはいかがでしょう。きっと、いい曲がたくさん見つかると思います。 セカンドテナー T.S

来年の演奏会に向けて

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 私たち浜松男声合唱団は、来年(2027年)2月に演奏会を開催します。 指導者も替わり、新たな浜松男声合唱団として、少しでも良い演奏をお届けできるよう、毎回の練習に励んでいます。 次回の演奏会では、多くの愛好家の皆さんにも歌ったご経験があるのではないかと思われる、多田武彦さん作曲「男声合唱組曲 雨」を演奏します。私自身、学生時代に歌った曲で、懐かしさとともに、毎回「やはりきれいな曲だなあ」と感じながら歌っています。 また、「暗くて泣きたくなる男声合唱曲集」から「神田川」「学生街の喫茶店」「五番街のマリーへ」「22才の別れ」「遠くへ行きたい」の5曲を歌います。皆さんも若い頃に口ずさみ、今はカラオケで歌っているのではないでしょうか。懐かしいですよね。 さらに最近の作品として、信長貴富さん作曲「男声合唱曲 夕焼け」、千原英喜さん作曲・瀬戸内寂聴さん作詩「男声合唱とピアノのための組曲 ある真夜中に」より「3.寂庵の祈り」、松下耕さん作曲「男声合唱とピアノのための 主は私の羊飼い」の3曲を演奏します。どれも、とても美しい曲です。 どうぞお楽しみに。しっかりハモった男声合唱をお聴かせできるよう頑張ります。 セカンドテナー T.S 毎週練習に励んでいます!

定例会開催~まっちゃん復帰、待ってたよ~

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 4月19日日曜日、定例会と称する飲み会が開催されました。今回は4月から復帰された元団長の松浦さん復帰歓迎というタイトルがつき、11名の参加で、楽しい飲み会となりました。1月から復帰された中村国男さんも参加され、復帰したもの同士お互いの思いを語り合われたようです。 様々な話題であっという間の2時間でした。 まずはビールで乾杯! 真面目な話か? 話に花が咲く

39年越しの約束

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  年齢を重ねるほど、時の流れが速く感じられます。43年前、大学生だった私は夏休みに浜男の練習に参加し、「来年、浜松の会社に就職しますのでよろしくお願いします」とあいさつしました。つい最近のことのように思い出されます。  しかし就職後すぐ長野県へ転勤となり、そこで男声合唱団に入る機会もないまま39年が過ぎました。再び浜松勤務となり、ようやく当時の約束を果たして浜男の一員になれたときは感無量でした。以来4年間、浜男で歌わせていただいています。  男声合唱の重厚なハモリは心地よく、時に中毒になりそうです。練習でよくハモれた日はうれしく、うまくいかない日は残念ですが、最近はハモることが増え、ますます男声合唱が好きになっています。  昨年の浜松市民合唱祭で歌った「秋の子」は、歌いながら胸が熱くなるほど気持ちよく歌えました。 秋の子音声データ  ここ数週間は、9月5日の静岡男声合唱フェスティバルに向け、合同曲の音取り練習を続けています。大人数での演奏は迫力あるものになるはずで、とても楽しみにしています。  仲間が増えれば、その分だけ楽しさも広がります。一緒に歌ってくださる方がいれば、うれしく思います。 セカンドテナー Y.S.

「ガラパゴス」と言われていますが、何か?

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  浜松には男声合唱団がわずかしかなく、全国的にも男声合唱は減少し「ガラパゴス化」と か「絶滅危惧種」などと 揶揄されることさえあります。中学・高校でも合唱部が廃止され たり 、合唱人口そのものが減っているのが現状です。近年はカラオケの普及により、一人で好きなだけ歌える環境が整ったことも合唱離れの一因かもしれません。 しかし 男声 合唱には、一人では味わえない魅力があります。トップテナーからバスまで 4 パートが正確に響き合い、美しい倍音が生まれた瞬間の幸福感と達成感は格別で、どの団もその瞬間を求めて練習を重ねています。また合唱には次のような効果も期待できます。 ・ ストレス解消 :大きな声で歌うことで気分が向上する ・ 身体機能の向上 :深い呼吸が呼吸筋を鍛え、血流を促進する ・ 免疫力向上 :ナチュラルキラー細胞が活性化するといわれる ・ 社会的つながり :仲間との交流 やステージでの演奏 が孤立を防ぎ、社会参加を促す ・ 認知機能の維持 :楽譜を読み、他パートと合わせることで脳が活性化する 浜男の練習風景 このように合唱は心身の健康に役立つ素晴らしい活動です。現在、私たちの団は 15 名で活動していますが、もっと仲間を増やしたいと考えています。会社勤めを終え、新しい趣味を探している方は、ぜひ一度見学にお越しください。一緒に歌う喜びを味わいましょう。 (バリトン S.U)  

もうすぐ春です!

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三月ともなると、そぞろ春の訪れが感じられるようになります。ドローンで空から見ると、菜の花畑の黄色がちらほらと目に付くようになりました。今では菜の花畑はほとんど見られなくなりましたが、私が小学生だった頃――もう七〇年も前の話ですが――あちこちの畑が菜の花で埋め尽くされ、あたり一面があの濃厚な香りに包まれていました 田んぼにはレンゲが一面に咲いていて、この時期の田んぼはまだ水が入っていないため、子どもたちは田んぼをまっすぐ突っ切って近道をして学校に通ったものです。そのため、田んぼには子どもたちの足跡がひとすじの道となって、レンゲの花の間を貫いていました。 さて、我が浜松男声合唱団も今年は長閑な春を迎えていますが、昨年を振り返ると、まさに疾風怒濤の一年でした。次の指揮者を見つけなければ団の運営が成り立たないという状況の中、何度も会合を重ね、団員が手分けして伝手をたどり、男声合唱を指導してくださる方を探し回りました。 幸いにも、現指揮者の早川さんと巡り合い、浜男の指導をお願いできるようになったのは、五月も終わりのことでした。その後は練習も順調に進み、早川さんの緻密な指導のもと、我々のハーモニーも少しずつ洗練されてきたように感じています。 今年は、静岡男声合唱フェスティバルや浜松市民合唱祭などの行事が続き、その後には浜男最大のイベントである定期演奏会が控えています。次回の定期演奏会は、来年二月七日に決まりました。もう一年を切っています。 毎週の練習を着実に積み重ね、次回の定期演奏会では新しい浜男の姿を皆さまにお届けできるよう、しっかりと精進してまいります。 (バス T.A)