私にとっての男声合唱

 音楽好きの両親の影響で、幼少の頃から童謡や歌謡曲からクラシックまで、幅広くラジオやレコードで聴き、唄う機会に恵まれました。

幼少期の親戚の集まりでは指名されて、春日八郎の「別れの一本杉」を歌っていました。小中学校では、音楽の先生の推薦で学区域の合唱祭に出場する機会が何度かありましたが、大学までは水泳やテニス、スキーといったクラブ活動を主に楽しんでいました。


ヤマハへの就職を機に浜松に縁ができ、「浜松男声合唱団」に加わりました。発表会や演奏旅行を楽しみにして練習に励み、市制90周年記念の「カルミナ・ブラーナ」大合唱イベントに仲間と応募して、アクトシティ浜松の大ホールで歌いました。曲の終わり近くに大声で歌い上げる頃には感動で目が潤み、広い客席がぼうっと霞んで見えたことを思い出します。

合唱仲間との「定例会」と称する毎月の飲み会は四半世紀を過ぎた今でも続いており、音楽以外の話題も豊富で、喜寿を過ぎた人生を十分に楽しんでいます。

(バリトン  I.M)